30代共働きの子育て記録

東京から地方都市へ移住したフルタイムワーママの子育てや仕事のはなし。

結果的に、SNS断ち

わたしのSNS歴は、大学時代にmixiが流行った時に遡ります。

 

本当に一時期だけハマって、トップページに「新着コメントが一件あります!」の赤文字が出るのがうれしくてせっせと日記書いたりしてました。。。(遠い目)

 

mixiの友達、100人もいなかった気がします。就職を機に、退会した記憶がある。

 

mixiと並行してFacebookも流行りだしていたので登録して、これは結婚するまで閲覧メインで続けていましたが、これもいつだったか、何年も前に退会しました。

区議会議員の方のボランティアでは、Facebookメッセンジャーをポスティングボランティア間の連絡ツールにしていることから、昨年しぶしぶFacebookのアカウントを再度作りましたが、Facebookはアプリすら入れず、メッセンジャーアプリのみ使っています。

 

Instagramもやはり見るだけで登録して、すぐ飽きてやめた。

 

LINEはメッセージツールとして使っていたものの、なんと昨年めちゃくちゃ分かりやすい乗っ取りメールに引っかかりアカウントを乗っ取られるという事件により、わたしの数少ない友人の中でもLINEでしかやり取りのなかった関係の方々とはそのまま音信不通になってしまいました。

乗っ取られた時に、「乗っ取られたから変なメッセージ来ても対応しないでね、ごめんね」とiMessageやショートメッセージで注意喚起した時に連絡がついた人たちは、幸いにも今後も繋がっていたい人たちでホッとした。

 

極め付けは、twitter

区議会議員の方のボランティアを始めて、その方がSNSでの発信を積極的に行う方なので見ておきたいな、と思って始めたのですが、それ以上に雑音がすごかったので1ヶ月も持たずにやめました。

 

要はわたし、SNSに向いていないのだなー。友達がいないから交友関係維持目的としての必要性がないのと、アウトプットのツールとして何か発信するのもこのブログ以外にはしっくりくるものが見つからず、有益な情報を取りに行くインプットのツールとしてもSNSを全然活用できない(私個人のスキルとして。どうしても雑音が気になってしまう。)のだ、ということに最近気づきました。

 

その点、妊娠をきっかけに始めたこのブログは、完全に自分の備忘録的な位置付けで、いいね!が欲しくて書いているわけでも、読者を増やすぞ!と意気込んでいるわけでもないので、続いているんだなきっと。

 

というわけで、はてなブログはこれからも細々とわたしのアウトプットツールとして使っていきます。

自分の心の闇を愛したい

きっかけは、子どもと一緒に寝落ちして、ふと目覚めてしまった夜中の考えごと。

 

暗闇の中、何もせずにぼうっとしていると、決まって小さい頃の私が出てきてこう言う

『私の小さい頃は、お父さんとお母さんはいつも喧嘩していて、仲良くしている時間なんてほんのわずかで、家の中はいつもピリピリした空気が流れていた。今あなたは夫と幸せな家庭を築いているけど、ちょっと待って。』

 

そして母に言われた呪いの言葉、父に言われた感情的な言葉が次々と思い出されては、最終的に『私さえ発生しなければ、父と母はお互い幸せな人生を歩んでいたのではないか』『私は、生まれてこなければ良かったんだ』と小さい頃の私が私を責める。

 

なんだろうこれは…と思った。

何日もこういうことが続いて、私は幸せになればなるほど、子どもの頃の私が亡霊みたいに出てきて私を責めるのだろうか。自分が責められるだけならまだいい。なによりも私がこわかったのは、この恨みつらみを、子ども達の前で口にしてしまうことだった。(実際私の母は小さい私たちの前で、自分が母親(私にとっての祖母)から受けた精神的身体的虐待を何度も繰り返し聞かせた。私には優しい祖母だったので、あの祖母がまさか…という悲しい衝撃を毎度受けていた。今なら分かる、母は充分に精神を病んでいた。)

 

私は、子どもたちの害になるような親になりたくない。

益にならなくて良い、害にだけはなりたくない。

 

その一心で、カウンセリングの戸を叩いた。

 

カウンセラーが言うには、小さい頃の私は、あらゆる感情に蓋をせざるを得ない状況にあった。いまその蓋が開いて存在に気がついたところなので、これからはそのひとつひとつを見て、認めてあげる作業が必要とのこと。

 

カウンセリングを始めるのと同時に、アダルトチルドレン、マルトリートメント、毒親についての書籍を読み漁っている。

 

自分の中のパンドラの箱を開けて認めていった先に、明るい未来が待っているのかな…と思ったが、そうでもなさそうだ。中野信子著「ペルソナ 脳に潜む闇」を読んだら、そういう闇もその人を形成する重要な一部分だし、それを無理に明るく転換させる、克服する、という必要もないのだ、と思ったら、なんだか軽くなった。

 

とはいえ、夜中に出てくる小さい頃の私を放置して無視し続けるわけにはいかないので、しばらくは自分の中に起こった感情をひとつずつ丁寧に噛み締めてあげるという作業を意識的に行おうと思う。それが、自分の心の中の闇を愛でることになると思っている。

 

ペルソナ 脳に潜む闇 (講談社現代新書)

 

科学的な適職読んだ

 これに照らし合わせると、今の仕事は満足度高かった。昨年末の転職踏みとどまったのも正解だったかな。

科学的な適職

科学的な適職

 

今の仕事を7つの徳目に当てはめてジャッジしてみました。

7つの徳目とは・・・自由(裁量権)、達成(前に進んでいる感覚)、焦点(モチベーションタイプ)、明確(なすべきことやビジョン)、多様(作業のバリエーション)、仲間、貢献(どれだけ世の中の役に立つか)

本書の中では、これを複数の方法を使って数値的に論理的に判断できるツールも紹介されていたが、そこまで厳密にやらず(ダメな読者)

 

 

特に私のモチベーションを上げたのが、多様(作業のバリエーション)が増えたタイミングなんですね。ただの営業事務の業務だけではなくて、技術サポートの仕事もやるようになってから楽しめるようになった。最初は重荷に感じたけれど、渋々でも始めてみたら楽しかった。

 

自由(裁量権)は100%の満足度。フルリモートばんざい。

 

さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0の有用性にも触れられていて、私自身何年か前にやってみたものの、「で、その強み活かして何するの?」というところまで全然落とし込めず、ただの性格診断で終わっていたのです。

例えば私は過去記事によると指揮者タイプ、学習欲高い、最上志向、目標志向だそうで。

misato33101211151.hatenablog.com

 

下っ端社員なのでpeople managementしてるわけではないけれど、降って沸いたあるプロジェクトについて首を突っ込んでいるうちに私が主導みたいな形になってたり、周りに指揮者タイプがいなければ、強み発揮できるのかなーと。ここまで書いてて、やっぱりこれは答え合わせにしかならないな。私は指揮者タイプだからこの仕事をやるぞ!とはならないし。

 

そして子育て中の私にとってやはり一番大事なのは、自由(裁量権)なのだな。

 

今具体的に考えているいちばん理想的な進路は、今の会社にいながら、フルリモートで成果出しつつ、自然の多い夫の地元で子育て。その価値のある人材と判断されるように地道に目の前の仕事に取り組みます。

セゾン投信口座開設

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私の投資用口座はSBI証券がメインですが、最近ふと、ネット銀行の円定期預金にボーナスをつっこんでいるけど、これも投資に回しても良い余剰資金では、、と思い始めました。

 

というのも、以前は生活資金用の銀行口座にそこまでの蓄えがなくて、ある程度すぐに動かせる状態にする必要がありましたが、結局3年以上触ってなくて、そのうちに生活資金用の銀行口座には常に幾らかの蓄えがあるようになり、ネット銀行とはいえ微々たる金利をもらうだけの数100万円、同じほったらかしなら投資に回した方が良いと気づいたのです。

 

SBI証券で購入している投資信託の購入額を単純に増やしても良かったのですが、それもちょっとつまらないなーと思い。次買うなら何が良いかなーとネットやら書籍(最新版 投資信託はこの9本から選びなさい―――30代でも定年後でも、積立だけで3000万円!)の情報を参考にして、セゾン投信に新たに口座開設しようと決めました。

 

同じタイミングで夫にも話してみたら夫も(ようやく)iDecoやりたい!と前向きになりだしたので早速SBIで口座開設。夫はセゾン投信で積み立てNISAを始めます。

 

SBIでiDecoセゾン投信で積み立てNISA

限度額上限までの控えめ投資。

 

わたし

SBIでiDecoと積み立てNISA、他積み立て投資信託

プラスセゾン投信で積み立て投資信託

合わせると毎月10万円以上を投資へ回す攻め投資。

 

調べてびっくり、セゾン投信は商品2つしかない!そしてどちらも順調に資産増やしている。わかりやすくて良いですね。即決で両方に毎月数万円積み立て申し込み。

 

楽しみです。

 

canvaでアイキャッチ画像を作ってみました。センスなくてもテンプレートから選ぶだけでおしゃれな感じに仕上がって、うれしい。

スゴ母列伝読んだ

 

 

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スゴ母列伝~いい母は天国に行ける ワルい母はどこへでも行ける

 勇気をもらいました。別に誰に自慢できる母である必要はない、みんなそれぞれとっても個性的で読んでいて楽しかったー。

 

私個人的にはマリーキュリーのこの言葉が心強かった。油断するとすぐに知育やら早期教育の情報が入ってくるから。。

 

子どもたちの教育についていえば、わたくしは、体育を主にし、ほんの少しの時間を学科のためにのこしておけばそれでじゅうぶんだという意見をもっております。

マリー・キュリー『キュリー自伝』

 

 

とはいいながら娘への手紙に数学の問題書いちゃうほどの意識高い系ママなんだけど。

子どもたちにどんな教育を施すか以前に、母親自身が明らかにしたくて仕方ないと思う研究にとにかく夢中だった姿を見て、長女もノーベル賞受賞する程の物理学者になったのではないかなぁ。理系に進まなかった次女の進路について何も言わなかったのもすごいと思う。。!!私なら絶対あなたにはパパ譲りの才能があるんだから、とかなんとか言っちゃう気がする。。そうやって子どもの選択肢狭めるのやめよ(自戒)

 

モンテッソーリが未婚の母だったのは知らなかった。公に自分の子どもに教育を施せないからこそ彼女が打ち込んだ仕事の先に、モンテッソーリ教育がここまで広まったのかも、と思うと感謝だけど、そこにいるのに私がママだよ、って言えない境遇、私なら仕事に打ち込むどころか精神病んでしまう気がする。

 

そしてどの時代の母親も、『女なんて』という時代の逆境の中子育てに仕事にその人なりにめちゃくちゃ頑張っていて、これは今のこの時代に生きている私だって頑張り続けなきゃいけないなぁと思いました。

環境が悪いなら自分で変えようと思い立ち、幸いにも一度の転職で理解ある職場、上司、同僚に恵まれて今の私があるけれど、私はラッキーだったんだよねー、では終わらせるべきではないと思いました。

娘が大人になった時、これはお母さん世代が頑張って変えた常識(例えば選択的夫婦別姓とか!)でしょう、こんなのが常識だったなんてヤバいよね、お母さん世代もなかなかやるじゃん、って言ってもらえるようなことが一つでもできたら良いなぁとぼんやり思っています。

 

ジェンダーフェミニズムとその歴史についてふつふつと興味が湧いてきてしまったので、図書館で片っ端から本を借り勉強してみます。

イヤイヤ堪能

ニコ1歳5ヶ月、ついにイヤイヤ期突入したと思われます。

 

今までおもちゃを取られても何されても基本『ポカーン』としていたのが、地面に大の字、抱っこで海老反り、久しぶりに見ました。

 

イチタはそこまでの主張はなかったような。とりあえず返事が『やだ』でも、抱っこしてしまえばしょうがねぇって感じで抵抗しなかったイチタに対し、ニコは何が何でも嫌なのぉーー!!!というのを主張しており面白い。イヤイヤするニコを、イチタは冷めた目で見ているが、時々優しいフォローをしてあげている。

 

ニコのイヤイヤに対して私まで意地になっても良いことないので、そっかそっか嫌なのかぁ。と余裕があれば眺めて待ってます。そして大体のことは少し待てば気が済むんですよね。

 

このイヤイヤで今までスムーズにいってたことが滞ったりするけれど、そこにイライラしてしまうことももちろんあるけれど、いつか必ず終わりが来てしまうと分かっているから、せっかくなら楽しもう、と思います。

 

最近『どーじょ(どうぞ)』『いーよ』『って(抱っこして)』と少しずつ自分の言葉を使い始めたニコ。可愛い。癒し。イチタは上手に歌が歌えるようになってこれまた可愛い。

歯列矯正から子育てを考える程度には暇な日

昨年6月から始めたマウスピース矯正、歯を動かす段階が終わり、保持の段階に入りました。およそ半年で大変満足のいく結果です。ここから放置するとまた動いてしまうので、リテーナーを使って固定していきます。

 

10代の頃に受けた歯列矯正では、矯正段階がワイヤー型で24時間外せなかったのに対し、保持段階の入れ歯みたいな形のリテーナーの着脱が面倒で面倒で、サボりがちになり、結果かなり戻ってしまいました。(四六時中なんか食べててもお腹空いてるような育ち盛りの時期に、食事中以外つけてなさいってのも無理ある気がするが)

今回は矯正段階から着脱可能なマウスピース型だったので、同じマウスピース型リテーナーの着脱生活も慣れたもの。何より、身銭切って納得して投資したからにはきちんとしたリターンを得たいという気持ちの面も大きいと思う。9割在宅勤務なのもすぐに歯磨けて助かる。

 

 

話は変わりますが、うっかり思春期の頃の矯正の思い出から、自分の育てられ方を振り返ってしまいました。

結論、訳も分からず親が良いからとやらされたことは、本人が納得してないからやる気も出ないし、結局身に付かない。

 

私は歯列矯正も中学受験も、親がやれと言うからやっていたなぁと。。振り返ると、私自身は歯並びも中学受験も、最初は自分では全然気にしてなくって、ある日突然母親が『その出っ歯をなんとかしたほうがいいわよ、女の子なんだし』とか『○○(幼児の時私がなりたい言ったらしい将来の職業)になるにはいい学校に入らないと!』などと言い出して始めることになったんだった。今思うと本当に私は母親の言いなりになっていた、両親の仲が壊滅的に悪くて、自分さえ良い子でいたら丸く収まると思ってた。。

小学校3年生から中学受験のための塾に行き始めると、勉強は塾に丸投げ、子どもには勉強しなさいと言うだけで、成績が落ちれば普段は仕事ばかりで滅多に家にいない父親が出てきて何も言わずにお尻を叩く。毎週テストで、家族でお出かけもできやしない、妹が可哀想だなどと言われる。今振り返っても嫌な気持ちになる最悪な思い出です。今で言う教育虐待ですね。

 

大学受験ではとにかく父親に復讐したくて、特に学費がかかると言われる私立理系大学だけを片っ端から受けました。

 

私は自分の子どもに、『子どものため』を大義名分に、子どもの身体や気持ち、時間を縛るようなことは絶対にしたくない。強迫観念に近い、この気持ち。

 

歯並びがちょっと気になるくらいなら、虫歯にならないようにだけ気をつけてあげて、歯列矯正は本人が気にするならやってあげればいい。なんなら自分のお金でやりなさいでも良いと思う。だいたいの歯並びは大人になってからでも治せるんだし。

 

中学受験は、まずその話が子どもの周りで出てくる頃に東京にいないようにするのが私の目下の第一目標です。中学受験のことなんて考えなくて良い環境で、学校の勉強についていける程度の学力があれば充分だろう。つるかめ算、とけい算、私たぶんアレルギー反応出ちゃうと思う。

 

英語教育も本人が必要に迫られなければ、習い事としてやらせる意味はほぼないと思っている。

 

というわけで、私が子どもに対してできることといえば、私自身が日々何かを学び続け、本を読み、グローバルな環境で働き、それを楽しんでいる姿を見せること、ぐらいしかないんじゃないかと思うのです。

 

はぁ思い出して苦しかった。

私の中にいる、イチタみたいな姿の私が、最近常に怒っている。子育てしていると、自分がどう育てられたか嫌でも振り返ってしまって、私自身今はすごく幸せなはずなのに、私の中の子どもの私にズルい、私はこんな風に育ててもらえなかったのにと言われているような感覚です。