30代共働きの子育て記録

東京で暮らすフルタイムワーママの子育てや仕事のはなし。

ライフプランニング

一度作って安心したー終わり。ではなく、ライフプランニングシートの精度を上げる努力をしている。

 

家を買うならいつ、どれくらいのお金をかけて?

 

子ども3人目いけるのか?(まだ言ってる)

 

ゼロで死ぬ以前に、マイナスの状態になる年がないか?(特に大学進学から大学院卒業まで最も子ども達にお金がかかる約10年間)

 

家の購入については、東京に住んでいる限り絶対に買わない、という夫婦の共通認識があるので、最も現実的な家を購入する可能性というのは、Uターン移住した際、夫の実家の敷地内に建てる、というもの。

 

Uターン移住は、すなわちそこでの働き口があるかが問題になるので今すぐどうにかなるものではないものの、住宅ローンを組むなら40歳までには決めたいところ。東京での住まいは、あと半年で2回目の定期借家契約が切れるのでソワソワしていたが、幸いにもこのまま普通借家契約への移行で住み続けられると分かりひと安心。

URで3年の定期借家契約(周辺の家賃相場の3割引)を家賃据え置きで1回延長させてもらった上に、今後も周辺の家賃相場に比べまだまだ安い家賃で契約させてもらえることになったので、家賃高い東京から一刻も早く脱出せねば!という気持ちにはあまりならず。

こんな感じでのらりくらり定年まで東京にいて子ども達が巣立ったらUターン、というのもありなのかもなぁ…その場合今の夫の実家をリフォームするなどして暮らすんだろう。その時私、夫についていくのかなぁ(他人事)

 

 

『人生で一番大切なのは思い出作り』という観点で言うと、私の希望だけを言うなら、私はやっぱりもうひとり赤ちゃんを産み育てたい。でもそれと、子ども達にどこまでお金と手をかけてあげられるかは常にトレードオフで、だからこそ考え始めてかれこれ2年近く経っても悩んでしまう。赤ちゃんが一人増えれば、必然的にイチタとニコにかけられる時間が減る。よくよく考えていくと私がお金と同じくらい心配しているのは手をかけてあげられる時間や気持ちの余裕が削られることなのだ。

 

イチタやニコの赤ちゃんの頃の写真を見返してはこんな可愛い赤ちゃんまた抱っこしたいなぁ、と想像してみたり、妊娠中のゾンビ状態や身体に起きるネガティブな変化の数々を思い出しては無理無理…と思ったり、最近は、小さくて可愛いものなら、赤ちゃんじゃなくても例えば猫とかで満たされたりするのか…?とも思ったりしている。

 

去年も面接してたのこのくらいの時期からだったが、今回は転職エージェントから移住先が勤務地の企業の紹介があり受けるか悩んでいる。

 

さてどうしたものか。

三十路の脱毛、美容、どこまで。

VIO脱毛6回最終回を迎えるにあたり、前回5回目から半年経ってもVには毛はほとんど生えず、IOにしぶといのが少しという程度。

 

さて、ここからどうするか。

 

施術の時看護師さんが言っていたように、ツルピカにしたいなら10回以上あててもまだ足りないだろうが、いつか受ける介護のためという目的(出来れば死ぬギリギリまで自力で排泄できるのが一番だけど)なら、もう充分なレベルな気がする。ここからは半年以上のスパンで気になったら電気シェーバーでささっと処理すれば良さそう。気になったらまた受ければ良いし。

 

というわけで、私の脱毛にかかった費用は

 

27歳 脇エステ脱毛 5回6万円くらい

33歳〜34歳 VIO医療脱毛 6回6万円くらい

 

で満足、一旦終了。1年後の状態見てVIO3回追加するとかまた考えよ。

子どもたちには運転免許と医療脱毛の費用は何も言わず気前良くポンと払ってやりたい。私は運転免許さえ親から嫌味言われながらお金払ってもらって取ったし、脱毛なんてとても頼める関係じゃなかったけど、このふたつ、若い頃にやっておいた方がコスパ良いよなぁとつくづく思う。

 

さて、次は顔かな。日焼け止めは欠かさないけれど、毎週末の子どもたちとの外遊びやキャンプで紫外線にさらされてできた肝斑、シミ。とりあえず皮膚科受診してトラネキサム酸とビタミン剤の服用を始めた。肝斑対策、トランシーノを薬局で買うより皮膚科の保険診療でお手頃に始める。

 

昨年9月から今年2月にかけてフォトRFとイオン導入を5回受けたけど実感するほどの効果出なかったので、とりあえずは内服薬で様子見。

 

あとは生活習慣が体型にダイレクトに影響してくるのを実感するお年頃になってきたので、食べるものに気をつけたい(ポテチやめたい)走る習慣がコロナに邪魔されたので再開したい。せめて走れなくてもiPhoneのアクティビティの輪っかを1日1周させる努力をちまちまと続けたい。

キャンプの秋

テントをレンタルしてファミリーキャンプデビューしたのが今年4月。

 

そこからテントお試しのためのキャンプを何度か行い、夫が熟考を重ねて家族4人で過ごせるテントを購入したのが6月。夏は虫がいるからと近場のキャンプ場には行かず、ついに来たベストシーズン!とばかりに(夫が)せっせと予約しまくっていて今月来月とほぼ毎週末キャンプ場にいることになりそう。

 

テント設営や食事の準備はほぼ夫。わたしは椅子に座ってのんびり寛ぐ…とはいかないのが幼児連れファミリーキャンプ。むしろ子どもたちの相手や世話は私ひとりにのしかかるので、普通の週末より気力体力共にかなり疲れる。

 

それでも晴れていればまだいい。子どもたちが怪我したり他のファミリーに迷惑かけないように注意しつつも、子どもたちは広い芝生の上で走り回るだけで嬉しそうだ。最高に消耗させられるのは雨の日だ。

 

子どもたちは体力を持て余しテントを使って遊び始めるし、それを叱ったり、テントの中で絵本を読んだり、動画を見せてなんとかやり過ごさなければならない。良かれと思って夫がキャンプ場主催のイベントを詰め込めば、今度は時間に追われすぎて忙しない。子どもがいるから楽しいキャンプだが、子どもがいるからこそめちゃくちゃに疲れる。心から楽しめなくて(家でゆっくり本が読みたい…)と思ってしまう自分に気づき、やはりアウトドア向いてないな…と改めて自覚する。

 

10まんえんくらいしたらしいテント。元をとるためにはまだまだ行かないといけない…あぁ、ひとりでお風呂に入りたい。

Humankind 希望の歴史読んだ

勝間和代さんが大絶賛していたので即図書館にリクエスト入れて買ってもらった。先にリクエストしていた人がいたけれど2番目で回ってきた。ほぼ新品の本をタダで読める喜び。(税金払ってるけど。そしてこの本とても面白かったから自分でも買おうと思う。)

 

Humankind 希望の歴史 上 人類が善き未来をつくるための18章 (文春e-book)Humankind 希望の歴史 下 人類が善き未来をつくるための18章 (文春e-book)

 

コロナ禍でふさぎがちな人や人間関係が希薄になって他人に寛容的でなくなってしまっている(私みたいな)人こそ読むべき本だと思うし、科学書としてとてもおもしろかった。

 

冒頭、どこかで読んだなこれ。と思う箇所があり、すぐにそれはFACTFULNESS(ファクトフルネス)10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣で書かれていたことだと思い出す。世の中は確実に良くなっている。世の中を(自分の周りだけでも、少しでも)良くしたいと思う人ひとりひとりのちからで少しずつ、確実に。でもそれは、なかなかニュースにならない。ニュースでは耳にタコができるくらい、世の中には凍りつくような凶悪犯罪が減ることなく報道されていて、大規模自然災害は毎年ひどくなり、コロナは過去最多を更新し続ける一方だとばかりに報じているからだ。

 

進化論についての章は、一流の頭脳でも読んだ現代人の脳の進化の歴史やメカニズムについて書かれていて、最初は予習した授業を受けているような気持ちで楽しかった。で、そこから繰り出される目から鱗の仮説。現代人はネアンデルタール人の家畜版(ホモ・パピー)だと…現代人は自らを家畜化することで氷河期を生き延び、現代人よりも大きな脳みそを持っていたネアンデルタール人は絶滅したと。おもしろい…!オキシトシンが幸せホルモンであると同時に敵と見做した相手には徹底的に攻撃的になるホルモンでもあるというのは産後あらゆるところで見たり読んだりしたなぁ…

 

上巻の途中、ではなぜ現代人は自由で男女平等で健康的な狩猟生活をやめて、農耕定住生活を始めたのか?そしてなぜ権力社会が生まれたのか?という歴史の転換期の考察は今まで自分の中にまったくなかった視点だったし、イースター島で起きた文明社会の行き過ぎによる破滅の考察も面白かった。

 

下巻、そこまで読んでいる中で私が感じていた最大の謎に切り込む。人間(ホモ・パピー)が生まれながらに友好的で争いを好まない種なのだとしたら、乳幼児や子どもがどこから利己的な言動をし始めるのか?これらの考察もとても面白かったのだけれど、下巻の途中から自宅隔離でイチタとのふたり暮らし期間に入っていたため、イチタの容赦ない「おそと行こう、トランプしよう、遊ぼう、つまんない、お腹すいた」攻撃を相手にしながらで確かに読んだのに内容が全然頭に残っていない。。!

 

また読む。買う本。

共働き核家族にコロナ第5波襲撃

私のコロナワクチン2回目接種直後のタイミングで、イチタとニコの通う保育園でクラスター発生、2週間休園となり、我が家もイチタと私が感染した。

 

結末から言うと、自宅療養期間は私とイチタで実家(東京都、無人空き家)に疎開した。保健所のホテル療養の勧めを断った理由、私もイチタも超軽症だったことと、イチタを1週間もホテルの一室に缶詰にさせたくなかった、これに尽きる。

 

私のワクチン2回目の前日に保育園から最初の陽性者が出た連絡が入り、うわぁ最悪のタイミングだな、と思ったけれど、すぐに、いや、ラッキーなのかもと思い直す。今までだって何度も波は来ていて、こうなる可能性はあったけれど、私達夫婦のワクチン接種が終わってから起こるなんて、抗体ができるのは接種から数週間かかるにしても、幸運な方なんじゃなかろうか。実際、私に出た症状は、ワクチン2回目の副反応にとても良く似ていた。頭痛、関節痛が主な症状で、発熱は副反応の方が重かったくらいだ。

 

保育園から続々と入る新規陽性の連絡、しかしそれらのケースについては保健所から連絡が来なかったのでイチタとニコは濃厚接触者ではなかったようだ。それでも、かかるときはかかる。

子どもの重症化の例はかなり低いのは統計を見て知っていたので、休園してすぐにイチタが発熱し、陽性出てもそれほど動揺せず。実際イチタの発熱はたった1日のみ。発熱以外なんの症状もなく、発熱した日も元気いっぱい走り回っていた。

夫とニコは、陰性。

私は検査の時すでに喉のイガイガする症状が出ていたので、検査結果が出る前に、私は陽性という前提で家族を私とイチタの陽性グループ、夫とニコの陰性グループに分けて暮らす。

私の陽性が確定後、保健所から家庭内の隔離には限界があるため、私とイチタをホテル療養する提案がされる。一旦予約する方向で受けたものの、軽症で既に回復傾向にある私と、とっくに平熱に戻りここから容体が悪化するようには到底思えないイチタを、1週間ビジネスホテルの1室に缶詰め…身体の回復より先に気が狂うと思い、丁重にお断りするとともに、東京都内にある今はほとんど空き家状態の私の実家にて自宅療養する選択をした。(保健所もその方がいいと了承。)実家への移動は自家用車で、実家での生活必需品はAmazon、食料品はネットスーパー宅配サービスとUber eatsを駆使して人と接することを完全に絶って生活していた。

 

イチタが望めば人に会わないように外に出て、人のいない遊歩道を散歩したりした。原っぱでバッタを見つけたり、池に葉っぱを浮かべたり、亀を見つけたり、イチタにとっては慣れない場所だったけれど刺激の多い満足のいく生活だったようだ。ホテルにしなくて本当に良かった。

 

この自宅療養期間、イチタの相手もあって仕事はままならなかったけれど、フルリモートで続けさせてくれた会社には感謝しかない。完全に休むより、イチタの相手をしながらの片手間でもメール返信したりメールチェックができるのは良かった。

 

正直言って、ここまでする必要のある感染症とはまったく思わない。もちろんワクチンに助けられたのもあると思うが、我が家を襲ったコロナは風邪よりショボかった。コロナよりもはるかに痛かったのは、コロナを恐れる社会が作ったルールの方だ。隔離しないと夫とニコに症状が出て陽性になった時がさらに面倒くさいので仕方なく離れる選択をした。こんなことを陽性者が出る度に繰り返していたのか…と自分の身に起きて初めて衝撃を受けた。我が家は空き家状態の実家という最後の手段があったけれど、共働き核家族詰むでしょ…仕事にならんでしょ…経済活動…

 

 

既にその方向に進んでいるとは思うけれど、一刻も早く社会全体がコロナを受け入れるフェーズになれば良いなと思う。とりあえずさっさと5類にしてくれ。

フルリモート黄金期終わる?

GAFAがフルリモートを続ける特に郊外に住む社員の給与を減らす方針、みたいなニュースを見かけて、この流れまずいな…と思っていたら予想通り米本社から来た、フルリモートもしくは8割以上のリモートは米トップマネジメントもしくはHRトップの承認と評価が必要、という現実的には下っ端平社員は基本的に会社に来い、という感じのお達し。

 

フルリモート黄金時代、ついに終わるのか…

 

もしこのルールが厳密に徹底されるようになったら、最低でも週2くらいは出社もしくは100%出社に戻る可能性もある。はぁ…在宅勤務快適だったなぁ…家を綺麗に保つって私にとって精神衛生上結構だいじなのだが、毎日出社するとそんな余裕は吹き飛ぶ。

 

コロナ禍関係なく、大阪からフルリモート、週1だけオフィスに出社する時の交通費は会社持ち、というのがグローバルで承認された社員がいたので、私もそんな風に働けたらさっさと移住したいな…と思っていたのですが、その人勤続1年半であっさり転職しちゃって、前例が消え、最近のお達しもあり、再び移住=移住先の職探し必至となった。

 

このお達しからも分かるけれど、アメリカの社会はとうにコロナ後の世界を生きていて、それ前提の今回のオフィスへの復帰要請なのだ。感染?するさそりゃ。でもワクチンで少なくとも死ぬリスクは少なくできるでしょう?死にやすい人のために経済止めてらんないよ。っていう雰囲気がヒシヒシ伝わってくる。

 

私にできることは、これから適当な頻度で出社して、在宅勤務の日の朝は走って、健康な身体を保つこと。アメリカ、ヨーロッパ、日本以外のアジア諸国に投資すること。

 

今日はお給料日だ。家族みんな、よく頑張りました。

走ることについて語るときに僕の語ること読んだ

先日読んだ一流の頭脳で、毎年ノーベル賞候補にあがるほどたくさんの素晴らしい作品を作り出している村上春樹だって走ってるでしょ、ほら、走ることについての本まで書いてる、と例に出されていたこの本。

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

村上春樹の作品はだいたい読んでいるし、作中に出てくる主人公もよくランニングやスイミングを日課にしているので作者にそういう習慣があっても不思議ではないのだけど、私が今回これを読んでみようと思った目的はただひとつ

 

どうやって習慣にしたんですか

 

これに尽きる。

 

身体が無意識にそれを始めてしまうレベルになるまで、どうやって続けたんだろう、そのヒントがないかなと思って読み始めた。

 

やはりというか、習慣化が絶対うまくいくコツやヒミツなんてなかった。しかし今回読んでよかったのは、村上春樹が日常的に走り始めたのは、今の私と変わらない年齢からだったと知れたこと。そしてやはり最初は少ししか走れなくて、今日は嫌だな、走りたくないな、と思う日も当たり前にあるし、実際どうしても面白く思えなくてしばらく走ることから離れていた時期もあったと。

 

それでもやっぱり再び走ることが習慣になったのは、自分の性格が走ることに比較的向いていた、それだけ。と村上春樹は語る。

 

長編小説を書くのと、長い距離を走るのは似ているそうだ。一番調子が良くどんどん走れそう、と思ったらそこでやめる、そうすると次の日もスムーズに始められる。調子が良い時にそのまま出し切ってしまわない、細々と、淡々と、続けることにかなりの神経を使うという。

 

走り続けるための理由はほんの少ししかないけれど、走るのをやめるための理由なら大型トラックいっぱいぶんはあるからだ。僕らにできるのは、その『ほんの少しの理由』をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。

 

 これから先も走ることを真面目に習慣にしたいなら、「今日は(◯◯だし)いっかぁ〜」なんて日をあらかじめ設定した休息日以外に安易に設けてはいけないのだ。それをしたら最後、ズルズルとやらなくなって、また習慣化できなかった、という罪悪感や自己嫌悪が襲ってくることが目に見えている。

 

少しでいいから、今日も走る。