30代共働きの子育て記録

東京から地方都市へ移住したフルタイムワーママの子育てや仕事のはなし。

努力して夫婦でいる

小さい頃から両親の夫婦仲が悪く毎日のように両親の喧嘩で発せられる感情的な応酬を聞いて育ったけれど、慣れるものではなく、むしろトラウマになっている。成人男性の怒る声というのがどうも苦手、というか怖くてしょうがない。

 

夫は基本滅多に怒らない人だが、疲れてくるとイチタに対して威圧的、感情的に怒ることが増えた。たぶんそれは乳幼児期には出さずに済ませられたものだけど、まもなく5歳になるイチタ、丁寧に言い含める程度では全然言うことを聞かない時もあり、私自身時々雷を落とすこともあるから仕方ないのは分かるんだけども。

 

で、夫婦共に疲れがピークになったのであろう夏休み中盤、夫がイチタに威圧的に絡み始めたので注意すると、返ってきた言葉が『私がピリピリしているせいだ』と。

 

前々から気になってはいた。何か私が夫に言うと、夫はすぐに私のせいにするのだ。発端は私、で、オレもピリピリしちゃうんだと。いやいや、それ言うなら私もう聖母にならなきゃ無理じゃん。自分の機嫌は自分で取ろうよ。

 

久しぶりの夫婦喧嘩で改めて思う。この人とやっていけない、と思ったら、我慢しないでリコンすれば良いのだ。

たぶん夫は、『いつか』の話だった移住が実現し、しかも私が率先して動いて実現したので、もう私はこの地に永住し、自分と死ぬまで夫婦でいてくれるつもりなんだ、そんなふうに思っているのかもしれない。私自身も、結果的にそうなったらいいね、とは思う。

 

でも。

私は常に頭の片隅に想定している。夫と離婚し、ひとりで職場の近くに暮らす可能性を。

夫のふるさとに移住したからって関係ない。私は働いており、経済的に自立していて、いつ夫婦を辞めたって自分ひとりで生きていけるのだ。という可能性を持ち続ける。

 

実際それを行動に移そうとしたならば、子ども達のことを考えたら我慢した方が…ときっと周りは言うだろう。けれど実際にそれをやった母を見て育った私には分かる。子どもはそんな犠牲の上に成り立つ家族ごっこなどすぐ見抜くし、母が不幸せなのは自分のせいだと自己肯定感を損ない、最終的にそういう仮面夫婦を続ける両親を軽蔑し始めるのだ。私は久しぶりの夫婦喧嘩したその夜、夫とやっていけなくなったら、子ども達は夫と夫家族にお願いしてさっさと一人で暮らそう。と決めた。冷たいかもしれないけど、イチタとニコは夫と夫の家族がいればきっとマトモに育つだろう。

 

とりあえず今回の夫婦喧嘩で、私は今後家を建てるとしても共同名義ローンなんか組んでやるもんか。と心に決めた。夫婦名義の家なんかいらない。

 

お互いの努力なしに夫婦なんて成立しない。歩み寄る努力ができないなら夫婦でいる意味がない。

 

夏休み最終日、貴重なひとり時間(子ども達は保育園、夫は仕事、私だけ1日余計に夏休み)に自戒を込めて記録に残す。