アラサー共働きの子育て記録

東京で暮らすフルタイムワーママの子育てや仕事のはなし。

【第2子】妊娠中のマイナートラブル

第2子は女の子だそうです。

健診で何度か聞いたら、その都度おまたの葉っぱを見せてくれました。

毎日息子と接していると、女の子のイメージがまったくできなくて、第2子も男の子だと思い込んでいたところがあったので、しばらく夫婦ふたりして、女の子?女の子かぁ。。と動揺しましたが、名前の候補を考えていたらたちまち楽しみになってきました。なにより、健康に生まれてきてくれたらこれ以上望むことはありません。

このブログ内では、第1子をイチタ、第2子をニコと呼ぼうと思います。

 

イチタの時はこんなマイナートラブルに苦しんでいました。

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 ニコを妊娠してから、イチタとのマイナートラブルの違いを感じています。

 

まず、初期のひどいつわり。ネットで検索すると出てくるひどいつわりの例よりかはマシな方だとは思いますが、つわりがほとんどなかったイチタと比較すると、数週間とはいえしんどかった。。

 

妊娠中期から現時点において、イチタのときに苦しんだむくみはまったくないものの、夜中に突然足がつる症状に悩まされています。あまりに頻繁に起こるので、最近はつっても冷静に対処し再び眠る図太さを身につけました。

少しでもつらないように、横向きで眠るようにしていますが、その際なぜか上にしている方の腕がかなりの確率で痺れてしまうのも今回の妊娠で初めて感じるマイナートラブルです。出産後ろくに眠れない日々が始まるのいうのに、今から安眠できていない。。

 

中期以降お腹が膨らみだしてから感じている皮膚のかゆみ。これもイチタのときにはあまり感じなかったもの。とくに日に日に大きくなっていくお腹周り、おへそ周りのかゆみがひどく、保湿してもかゆい。つらい。

 

確実に前回の妊娠より年を取っているわけで、まだ8ヶ月なのに、すでにふうふう言いながら歩いています。体重の推移は今のところイチタとほぼ同じですが、お腹が大きくなるのが気持ち早いような。まだ時期的に関節が緩みだす感覚はないだけマシですが、それでも椅子やソファーから立ち上がる際には思わずよいしょ、と言ってしまう。

 

前回は、自然分娩の出産予定日を基準にして産休をスタートさせ、その産休初日に帝王切開が決まりました。なので、結果的に産前休暇は想定よりも2週間程短くなりました。

今回は、最初から予定帝王切開と分かっていたので、病院に手術日を早めに決めてもらい、その日を基準に、産休開始日を決定しました。妊娠32週から産休開始です。指折り数えながら仕事をこなしています。

すっぱいものを求めて

つわり真っ只中の頃から安定期の今に至るまで、身体が"すっぱいもの"を欲しています。

非妊娠時は特に好きでも嫌いでもない程度だったので、これは妊娠中特有の趣向なのだと思う。

そこで、いくつかすっぱいものを探し求めたものの、同時にかなり甘いもの(お砂糖が加えられたもの)だったり、あまりに酸っぱすぎて味がいまいちだったりして、ようやく私にとってちょうど良いすっぱさのものを見つけたので、備忘録として記録。

 

 

キレートレモン

ポッカサッポロ キレートレモン 155ml×24本

もともと好きで、手軽にコンビニで買えるのも良い。しかし、今の私が欲していたのは、レモンのすっぱさとは少し違ったのでハマりませんでした。

 

 

オークスハートの飲む酢

オークスハート 飲む酢デザートビネガー 3種詰合せ

ふらりと立ち寄った東京駅のグランスタで見つけて、おためし。4-5倍に薄めても酸っぱすぎた。シークワーサーとジュニパーベリー(この2つの味の違いも良く分からないくらいすっぱい)のすごく小さいお試しサイズを飲みきるのも大変なくらいでした。

 

梅翁園の梅元(梅ジュース)

【511223】梅翁園. 梅ジュース梅元720ml (水を1滴も使っていない濃厚梅ジュース)

酢がダメなら梅か!と梅ジュースにしてみましたが、シロップなんでやはり甘い。梅のすっぱさは好みですが、甘さが気になります。

 

サンクゼールの飲む酢

【まとめ買い】サンクゼール OREGONオールフルーツ飲むお酢。 ブルーベリー 460ml×6本

リンゴ酢をベースに果実で味付けしたもので、テイスティングしたブルーベリー、クランベリーパッションフルーツ、どれもおいしくて即決。2本買ったら1本無料キャンペーン中だったので、もらった1本を会社にも持って行って飲んでいます。

砂糖不使用なのも嬉しいし、2倍にしてソーダ割りでも、そのままでも飲める飲みやすさが良い。

 

というわけでいろいろ試してサンクゼールの飲む酢に落ち着きました。オフィスについて朝一のコーヒーがこれのソーダ割りになり、寝かしつけ後(子どもにつられて寝落ちせずに起きれた場合)のくつろぎタイムにも楽しんでいます。

移住の可能性

夫との結婚を意識した時、出身地の地方都市への愛着が強い夫が、将来的には実家の土地を継ぎ、Uターンするつもりであることは理解して結婚しました。

 

夫は18歳の時に大学進学を機に上京して、人生の半分を都内で暮らしてきましたが、大学3年、修士1年の2回の就職活動のタイミングでは、地元企業への就職を試みています。その時はうまく行かず、都内に就職先を見つけ10年近く勤務し今に至りますが、夫婦の間では定期的にこの話題は出ていました。

 

最近腸炎で3日入院した夫。ぽっかり出来た暇な時間に、いろいろ考えることがあったようです。子どもの将来の話をしている際に、Uターンについて具体的に動こうと思う、と言われ、とうとう来たか。と思いました。

 

一方の私はと言えば、首都圏で育ちましたが、父の仕事の都合で何度かの引越しを経験し、転々としたので、ここが私の地元、と言える場所はありません。成人式も出席しなかったくらいで(私立の学校に通っていたので、自治体主催の成人式に知り合いが1人もいないのに行く理由が見つからなかった)、地方都市での生活経験はないものの、知り合いがいない土地で暮らすことに、まったく抵抗はありません。

夫がそうしたいなら、ぜひ応援したいし、家族で一緒に暮らしたい。移住するなら、子どもが小さいうちの方が良いのも分かる。

 

 

しかし、この話をしていていつも問題になるのが、就職先と、生活水準の維持の難しさ。

まず、どうやって地元企業に転職活動したら良いのか?そもそも魅力的な求人はあるのか?

運良く希望の職種や企業に就職できたとして、給与は維持できるのか?下がるのか?

給与が下がるなら、生活水準を出来る範囲でどう下げるか?

私は移住しても専業主婦になるつもりはありませんが、私の就職先も探すとなると、これはやはり思い立ってから短期間でどうこうなる話ではない。

 

ただ、夫婦共通の認識として、このまま東京で子育てして、中学受験やら習い事の波にのまれるまま子どもを突っ込むことが、良いことだとは思っていないので、何が家族にとって最良か、夫婦でよく議論しながら決めていきたいと思っています。

 

理想は、夫婦共働きで世帯年収としてそれほどダウンせず、夫婦の理想を取り入れた家を建てたり、子どもたちを自然豊かな環境で育てられたら、最高だなぁと思います。夢は膨らむので、ポジティブなイメージをしながら、実現に向けて動こう。

初めての胃腸炎

1歳8カ月、新生児の頃でさえミルクの吐き戻しもあまりしなかった息子が、夜中に突然吐きました。

 

その夜は金曜日。私は会社のイベントで帰宅が遅くなり、夫が添い寝の担当でしたが、今思えば体調が悪くて眠りが浅かったのか、帰宅した私の声に気づくとママじゃなきゃ嫌だと泣いてきかず、寝入ったと思って立ち去ろうとするとむくっと起きてママ!と泣くので、親子3人、私が真ん中で川の字で寝ていました。

 

横で突然咳き込んだと思ったら、枕元が濡れていて、どうやら未消化のご飯を吐いた様子。急いで着替えやら敷きマットの交換をするも、30分後には再びの嘔吐、吐いた後はケロッとしているものの、明け方までに4回程吐いたので、最寄りの救急外来に行きました。(熱もなく、泣いたり機嫌悪くなったりせずに本当にケロッとしていたので迷いましたが、小児救急電話相談にも相談して、救急外来に行くように言われたのが背中を押しました。電話して良かった。)

 

朝5時。はやりの胃腸炎でしょうとのことで、吐き気どめの座薬を入れ、帰宅。この間夫がずっと抱っこ紐で抱っこしていて、診察を待つ間にも1回吐いて、夫の身体にかかったり。。土曜日の朝から家族3人疲労困憊です。帰宅後少し寝て、子どもは夕方にまた吐いて(それまで吐かなかったのをいいことに、ふつうに夜ご飯をあげたのがいけなかった。反省。)それ以降は吐かず、日曜日から今度は下痢便が始まる。

日曜日も外出は最小限に、それでも夫は子どもを抱っこしながら母の日の花を買ってくれました。。優しすぎだよ。。

 

そしてこの胃腸炎、妊婦で免疫力の低い私にかなりの確率でうつるだろうと覚悟していたのですが、、最も濃厚接触していたと思われる夫に重症化してうつります。

日曜日の深夜から夫が嘔吐し始めたのに気づき、子ども用に用意していた経口補水液を与え、塩素系漂白剤を溶かした水でトイレなどを拭いたところで、子どもが私を呼んで泣くのでやむなく就寝。しかしその後も朝まで断続的に吐く夫。

翌朝子どもの朝ごはんを出してから寝室に行くと、夫がベッドから落ちて倒れていて、とても立てなそうなので迷わず救急車を呼ぶことに。

 

7時、救急隊員が到着し、搬送。私と子どもは感染を防ぐため同乗せず、搬送先の病院からの連絡を待つことになりました。

子どもにとってこの出来事は衝撃だったようで、その時はパパ、救急車、バイバイと言って状況を飲み込もうとするも、朝や昼寝の寝起きに必ず大泣きしながら夫を探す、というのを数日繰り返しました。

 

診断の結果、夫は腸炎で3日間の入院。子どもの下痢は始まってから2日で完治し、木曜日にやっと夫も退院、子どもも登園再開となりました。

 

今回、妊婦の私にうつらなかったのが本当に不幸中の幸いでしたが、夫不在の中、ワンオペ終日育児はなかなかしんどかった。体調が悪いので基本機嫌が悪く、少しでも離れると抱っこと言って泣く。何度ブンバボンとダンダン体操とパプリカの録画を見せたか分かりません。。

 

私だけが元気でも、入院した夫へ着替えを運んだり、入院手続きの代行、子どもの世話があり、その週の仕事は全部キャンセル。トップマネジメントを含めた顧客との大事な会議があったのに、営業担当の私が参加できない申し訳なさと悔しさ。こうやってチャンスを逃していくんだわ、と思いながら、でも家族のケアは私の他にいったい誰ができるんだと思ったら、私は迷わず仕事を放り投げてしまう。

フローレンスの利用も考えたけれど、やっぱり私は体調の悪い子どもを自分で看てあげたいんだとつくづく思う。キャリアアップしていくワーママはきっとこういうときちゃんとフローレンスのようなサービスを駆使して、仕事のチャンスを逃さない努力を怠らないんだろうな。。本当に尊敬する。

 

初めての胃腸炎が家族にとって大変な事件となった5日間でした。

【スケジュール編】瀬戸内国際芸術祭2019

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この記事では子連れ旅行のスケジュールについて記録。旅行中に気づきましたが、今回の内容ならば何も芸術祭に合わせてくる必要はなかったという笑。(パスポートでは見られない、別で予約手配が必要な美術館ばかりだったので。)

パスポートへのスタンプは、子どもはペッタン!と言って自分の手にも押してもらって喜んでいたので、これは芸術祭ならではの楽しみだったかな。

 

今回は豊島、直島、高松に各1泊ずつ滞在しました。

 

 

 

4月29日/朝一番のフライトで高松へ(豊島泊)

本当はたまっていたマイルを使って特典航空券で行きたかったのですが、販売開始と同時に購入を試みるも完売で入手出来ず。行きは早割で購入しました。

羽田7:45発

高松9:00着

前日のお風呂上がりの着替えは、パジャマではなく翌日の服を着させて、朝起こしたらオムツを替えてすぐに出発できるようにしました。朝ごはんは空港で。

フライト中、動きたいし、眠いしでグズグズ。夫が抱っこで対応してくれました。

空港からは連絡バスで40分、高松港へ。

11時、フェリーで小豆島へ。

この日は豊島泊ですが、フェリーでは直行できないので小豆島で乗り継ぎ。小豆島行きのフェリーは新しく、子どもや家族連れ用のカーペット敷きのスペースがあって、子ども同士、楽しそうに交流していました。

12時、小豆島でランチ。次のフェリーまで1時間弱。この間にお昼を済ませて、港近くのアート作品を楽しむ。

13時、フェリーで豊島へ。

14時、シャトルバスで宿泊先のアート作品を兼ねた古民家に向かい、荷物を預け、周辺を散策。(雨のため近所のカフェでまったりがメイン。その間子どもは昼寝)

16時、チェックイン。作品を楽しむ。私は雨で冷えたので先に入浴。

18時、夕食。自分たちで用意しなくても美味しい料理が出てくる幸せ。子どもに分けつつ楽しむ。

19時、入浴。

20時、子ども就寝。夫婦も寝る。

 

古民家なのでもちろん寝る場所は和室で布団。いつもと同じように眠れたので、子どもも親もぐっすりでした。

 

4月30日/豊島美術館、直島へ移動(直島泊)

6時、起床。

7時40分、朝ごはん。子どもはいつも通り6時に起きて朝ごはんを欲しがったので、買っておいたパンでしのぐ。

9時、チェックアウト。宿の方の配慮で、荷物を港に預けに行くのに車に乗せてもらう。

10時、豊島美術館へ。静かに鑑賞しなければならない作品で、どうしても子どもの声が響くので、ささーっと見て終わり。

13時、連絡バスで港へ移動する途中にある、海のレストランでランチ。(子どもは抱っこ紐で昼寝)その後徒歩で港まで移動し、高速船で直島へ。

13時、直島着、連絡バスで宿泊先へ。部屋の準備ができていたので、荷物を置き、散歩がてらベネッセミュージアムや、港へ行く。

(写真がその時のもの)

18時、夕食。

20時、入浴。

21時、就寝。

 

この日の宿泊場所、ベネッセのパークはツインベッドの部屋。私が子どもと一緒に落ちないように寝なければならず、正直寝た気がしませんでした。

 

5月1日/地中美術館、高松へ移動(高松泊)

5時、起床。この日も前の日に買っておいたパンで朝食までしのぐ。

7時、朝食。

10時、チェックアウト

11時、地中美術館へ。安藤忠雄建築、モネの睡蓮を楽しむ。カフェでランチ。

12時、連絡バスで港へ移動。

13時、直島銭湯見学。(13時から入浴できたが、子どもが抱っこ紐で昼寝していたため諦める。)

14時、フェリーで高松へ。

前日の夕方に港に行った時は、高松行きのフェリーに乗りきれない程の人がいて、その混雑ぶりにびっくりしましたが、この日も14時のフェリーにそこそこ長い列ができていました。春の会期は一番来場者が少ないとはいえ、外国人観光客含めたくさんの人がいました。

15時、高松着。港近くのホテルクレメント高松にチェックイン。散歩へ。

16時、高松駅アンパンマン電車コーナーで遊ぶ。

17時30分、夕食。

19時、入浴。

20時、就寝。

 

クレメントでは事前に頼めばベビーベッドを用意してくれるので、子どもはベビーベッドで。ダブルの部屋だったのでこの日はぐっすり眠れました。

 

5月2日/朝一番のフライトで羽田へ

宿泊していたクレメント高松から空港行きのシャトルバスが出ていたので、それに乗って空港へ。本当は高松には泊まらずに、前日の最終便で帰る予定でしたが、特典航空券が取れるのがここだけだったので高松に滞在しました。結果休めたし、ホテルの部屋からの眺めは最高で良かった。(子どもは起きてる間はずっとバス!ブーブー!バス!ふね!と大興奮でした。)

5時30分、私起床、支度と朝ごはん。

6時、子ども起床、即着替えてチェックアウト、バスに乗る。子どもと夫はバスで朝ごはん。

高松7:35発

羽田8:55着

帰りのフライトは慣れたのかご機嫌でCAのお姉さんに話しかけていました。

羽田から最寄り駅まではちょうど良く乗れた高速バスで帰宅。

この日は帰宅後家で荷ほどきしつつのんびり過ごし、長めにお昼寝して、なるべく身体を休めるように努めました。

 

旅行中、子どもはどうしても昼寝の時間が短くなりがちで心配しましたが、その分夜は暗くした途端コロッと眠り、夜泣きなどもなく朝までぐっすり眠ってくれました。刺激も多かったのか、言葉も二語文が安定して出てくるようになったり(かぼちゃ、ないねー。など。)子どもの成長も感じられる旅でした。

あまり予定を詰め過ぎなかったのと、2日目以外の夜は子どもと一緒に長めにしっかり眠れたので、あまり疲れを溜め込まずに済んだ気がします。

豊島では最近新しくできた古民家風宿泊施設(兼アート作品)を見つけたので、次の楽しみもできた旅行でした。

【荷物編】瀬戸内国際芸術祭2019

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2010年の初回から、夫と毎回欠かさず訪れている瀬戸内国際芸術祭も、今回で4回目となりました。子どもと参加するのは初めて。次回には4人家族になってます。初回はまだ彼氏で、結婚するかどうかも分からなかった夫と、何の気なしに訪れた旅行が、家族の恒例行事になるなんて。

1歳7カ月の子どもを連れて、かつ妊婦の状態での旅行は、なかなかしんどかったけれど、それでも家族みんなで楽しみました。

備忘録としてこの記事では荷物に関して記録をしておきたいと思います。

 

3泊4日の旅でした。

 

【私のリュック】

・瀬戸内国際芸術祭パスポート

・カメラ(ミラーレス一眼)*

・子どもの上着(パーカーと薄手のジャンパー)

・途中都度調達するおやつやパン類

・財布

母子手帳

ティッシュ、水に流せるウェットティッシュ、手ピカジェル

・折りたたみ傘

・ウインドブレーカー

 

【夫のリュック】30リットル程度の登山用リュックと、小さなサコッシュ

・瀬戸内国際芸術祭ガイドブックとパスポート

・乗る予定の船のスケジュールを複数候補書き出したメモ*

・子どもの食事セット(離乳食はさみ*、エプロン、スプーン、フォークセット、中耳炎の薬)

・子どもの水筒

・オムツ(1日分テープとパンツ3枚ずつ)、お尻拭き80枚入り1パック

・財布

・カメラ(一眼レフ、Go Pro)

・折りたたみ傘

・ウインドブレーカー

 

【スーツケース(機内持ち込み可能なサイズ)】

オムツ2日分12枚(テープとパンツ6枚ずつ)*

子供の着替え4日分プラス予備1日分

子どものサンダル

夫婦の着替え(日数分の下着類のみ)

 

【コンパクトベビーカー】ポキット*

【抱っこ紐】エルゴオリジナル

 

基本夫が子どもの抱っこや追いかけを担当。畳んだベビーカーも積極的に持ってくれました。感謝。

私はリュックの荷物をなるべく軽くして、スーツケースを引きずる担当でした。

 

*カメラは私がミラーレス一眼、夫が一眼レフとGo Proを持って行きましたが、私のカメラは結局あまり使わなかったので、いらなかった。

 

*事前準備として、船の時刻表の確認は欠かせません。島によっては高松から直行では行けなかったり、フェリーが500人程度の定員なのに対して高速船は30-40人など、乗れると思って乗れなかった、では困るので、時間がかかってもなるべくフェリーで移動し、止むを得ず高速船で移動の場合は早めに並んでおくなど、確実に乗船できるようにしました。

 

離乳食はさみは、今回の旅行でうどんは外せないだろうと、うどんを切るために買ったのですが、手荷物に入れてしまい保安検査場でしまった!廃棄か?!と思ったら、長さによるそうで、チェックの上OKでした。ほっ。

 

*オムツは日数分持って行かず、途中調達すれば良いよね、と2日分のみ持って行きましたが、訪れた島々にはコンビニがなかったり、オムツが売ってなかったり。2日分といっても気持ち多めに持っていったので買い足さなくても間に合いましたが、1日に何度も替える必要のある低月齢のうちは、日数分持っていくのが無難だと思います。

 

*振り返ってみると、ベビーカーはいらなかったかもしれません。というのも、子どもが歩きたがって全然乗ってくれない、フェリーの乗り降りは階段があるので畳むの必須、島の観光は芝生や砂利道が多くベビーカーに向かない道が多いことなどから、単なる荷物として運ばなければならない場面があまりに多かったです。

 

子連れ旅行はどうしても荷物が多くなりがちですが、親の着替えは最低限にするなど、なるべく減らす努力をしました。(私は下着類のみ替えて上に着る服はすべて同じでした。)

3日目にはオムツはだいぶ減ってスーツケースにスペースができたので、そこにお土産を詰めて帰りました。

【第2子】妊娠6ヶ月を迎える

第2子、まだ性別は分かりません。

19週、1人目の時はこの頃やっと微かな胎動を感じて喜んでいたのですが、今回は17週あたりから、おや?これは?というポコポコに始まり、21週の今ではドンドコ主張しているのが分かる。亥年、令和生まれのお腹の中の人は、まだまだ小さいくせに、立派に主張しております。

 

 

1人目の妊娠時と比べると、出張の頻度が大幅に減っていて楽です。

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つわりも軽かったし、当然まだ子どももいないから自分とお腹の赤ちゃんのことだけ考えれば良かった、今思うと1人目の妊娠期間ってなんて優雅で自由だったんだろうか。

いまはお迎えがあるし、そもそも割り当てられている仕事量が第1子妊娠時の半分以下だもんなぁ。無理しなくて良い恵まれた環境だと思う一方、こんなゆるい働き方に慣れてしまって、今後再びチャレンジできるのか(能力的にも機会的にも)不安になる。独身女性や男性の同僚がどんどんポジションをあげている中、焦る気持ちがあるのも事実。しかし、今この身体で大きな仕事にチャレンジする勇気と野心は、私にはないし、短期的に見て焦って無理するのは得策ではないと、言い聞かせる。

制限がある中、幸いにも職場や上司からは一定の評価はされている、良いじゃないか。上司が教えてくれた、仕事人生は、マラソンと同じ。子育て期間、特に手のかかる数年間仕事をスローダウンしたところで、引け目に感じる必要は、まったくないと。今のうちは小さなことでもコツコツ信頼を積み重ねていれば、40代でも取り戻せるよと、メンターも教えてくれた。

 

 

 

 

連休前の1週間で、派手に中耳炎をぶり返し高熱を出した息子。いつも以上にママっ子になり、かわいくてぶちゅぶちゅしてたら、見事にうつりました。鼻水、咳、喉の痛み。。連休前半の瀬戸内旅行中、辛かった。。

連休もあっという間に後半戦ですね。今日から夫と子どもは義実家に帰省、私は体調不良を理由にお留守番です。風邪をしっかり治そうと思います。